7月も終わりに近づいた、ある日曜日のことでした。
その日は特に暑く、この地域には珍しく、30度近くまで気温が上がっていました。サンタクルーズのビーチか、フェルトンの川べりに涼みに出かけたいけれど、午後からは息子のテニスの試合がありました。そういえば、ギルロイのガーリックフェスティバルはこの週末だったね、と誰かが言い出し、試合が早く終わったら行けないこともないけれど、渋滞に巻き込まれる可能性が多いように思われました。週末の最後の夜を渋滞の車の中で過ごすことは遠慮したいものです。
そしてそれきり忘れてしまったそのガーリックフェスティバルで、その日の夕方、無差別乱射事件が起こったのです。
ガーリックフェスティバルでの惨事
ギルロイは、シリコンバレーから南に50キロに位置する、人口約5万の小さな町です。全米ナンバーワンのニンニクの生産量を誇り、毎年7月の最終週末に開催されるガーリックフェスティバルには、10万人を超す来場者があります。広大なイベント会場の中には、ニンニク料理のブースが立ち並ぶほか、様々なアトラクションやライブなどが繰り広げられます。
発砲があったのは、イベントも終盤に差し掛かった夕方5時過ぎ。メインステージでアンコールの準備をしていたバンドのボーカルの男性は、ステージの方向に向かって歩いて来る男性に気づきます。緑色のシャツに、グレーのバンダナを首に巻き、ベースボールキャップを被ったその男性は、アサルトライフルを構えると、群衆に向かって発砲を始めました。会場にいた人々の多くは、最初、発砲音を花火の音だと思ったそうです。そして誰かが叫びます。「本物の銃だ!」。人々はパニックになり、ある人は地面に伏せ、ある人はテーブルの下に潜り込み、またある人は逃げ場を求めて走り回りました。
この乱射で3名が命を落とし、13名が怪我を負いました。亡くなった3名は、6歳の男の子、13歳の少女、そして最近カレッジを卒業したばかりの20代の男性でした。そして発砲から数分後に、犯人は会場内を警備していた警察官らによって射殺されました。
「普通の子」と白人至上主義者
事件の翌日になって、警察は乱射事件の犯人を特定しました。19歳の少年、Santino William Legan は、事件が発生したイベント会場から約3キロの閑静な住宅街の2回建ての家に、両親と3人の兄と住んでいました。彼の母方の祖父は大学教授、父方の祖父は経済界で成功しサンタクララ郡のスーパーバイザーを2期務めた名士でした。また父親は陸上、3人いる兄のうち1人はボクシングで優秀な成績を残し、スポーツ一家として地元でも知られた存在だったと言います。高校時代の彼を知る友人は、彼はいわゆる「普通の子」で、特に目立った印象もなく、このような残虐な事件を起こすとはとても思えないタイプだったと語っています。
事件の3ヶ月前に、彼(もしくは彼の家族)は、ネバダ州のウォーカーレイクという荒涼とした小さな街に部屋を借りています。部屋には家具らしいものは一切なく、その代わり、ガスマスク、防弾チョッキ、弾丸の箱など、大規模攻撃に備えたと思われる物品のほか、白人至上主義やイスラム過激派に関する読み物が発見されました。
彼のインスタグラムには、事件の1時間前に本人による投稿がありました(アカウントは既に削除されています)。
Ragnar Redbeard の「Might Is Right」を読め。なんだってメスティーソとシリコンバレーの白人のバカどもの大群のために、街を過密にして、もっとスペースを空けてやんなきゃいけないんだ?
出典:Instagram
彼があげた「Might Is Right」は、1890年に発行されて以来、いくつもの小さな出版社によって発行され、現在でも、amazon等で簡単に手に入れることができる本です。
この本は、同時代の哲学者ニーチェが提唱した「君主道徳・奴隷道徳 (注1)」の思想に大きな影響を受けていると言われています。またダーヴィン主義の、植物や動物の間での適者生存の概念を人間社会にたとえ、アングロ・サクソン人の人種的優越性を掲げ、黒人とユダヤ人を劣等者として繰り返し軽蔑しました。また、女性は男性の財産であると主張しています。
注1:
ニーチェは被支配者や弱者が強者に持つ恨み(ルサンチマン)の上に成り立つ愛や同情を奴隷道徳と位置付け、自己犠牲や平等を説くキリスト教がその最たるものだと批判しました。一方、「強くなれば思い通りに行動できる、だから強いことは善い」と世俗の観念にとらわれず自己肯定、自己決定、傲慢をよしとする君主道徳こそが、個人を成長させ、人間社会を高潔にすると説きました。この概念はのちにナチズムのイデオロギーに利用されたと考えられています。
現在アメリカでは、白人至上主義がイスラム過激派の脅威に匹敵すると言われています。白人至上主義者が恐れているのは、長い間支配者階級であったキリスト教白人層が、人口動態の変化によりマイノリティーになることです。さらに、トランプ大統領の反移民政策は白人至上主義を間違いなく勢いづかせました。彼らのプロパガンダはインターネットを通じて世界中に広まり「Might is Light」のような大昔の本が、彼らの啓蒙活動において大きな役割を果たしているのです。
亡くなった被害者の三人全員が有色人種であったことからも、犯人が白人至上主義に強く傾倒していたのではないかという世論の見方が強い一方で、捜査当局は現段階において、犯人の身辺から白人至上主義への傾倒を示唆するものは発見できたものの、特定の団体や思想家との結びつきを示す証拠は発見できず、この事件を「白人至上主義者による有色人種を対象にしたテロ」と断定するのは早計だとしています。
簡単に銃を手にするティーンエイジャー

事件の犯人は、アサルトライフルと弾倉を会場に持ち込んでいました。また、会場の外に停められていた犯人の車の中には、ショットガンも積み込まれていました。19歳のティーンネイジャーがこれほど高い殺傷力を持つ武器をどのように手に入れたのか、日本人の私にとっては大きな疑問でしたが、答えは簡単。
アメリカは世界で一番簡単に銃が手に入れられる国だったのです。
犯人が銃を購入したネバダ州は、アメリカの中でも銃規制が緩いことで知られています。カリフォルニアではハンドガン(拳銃)、ロングガン(ライフルやショットガンなどの長い銃)ともに、購入の最低年齢を21歳と定めていますが、ネバダ州では18歳からロングガンが購入できます。3ヶ月以上の居住歴があり、犯罪歴や麻薬の常習性がなければ、誰でも簡単に銃が買えるのです。店舗で購入する場合は、連邦政府のデータベースに照合して身元確認が行われますが、個人間の売買や家族間の譲渡ではこのチェックすら行われません。もちろん、特別なライセンスやトレーニングの受講も必要ありません。
今回の事件の犯人は、まず手始めに、ネバダ州の荒涼とした町のアパートの一室を借り、家賃3ヶ月分を前金として支払いました(これは銃購入に必要な、3ヶ月の居住歴をクリアするためだと思われます)。そして今月の頭に、銃を販売しているサイトにアクセスし、オンラインでショットガンとWASR-10セミオートマティックライフル、そして弾倉をオーダーしました。火器の郵送は法律で禁じられているため、受け渡しは対面で行われます。自身のガンショップで犯人に接触した店主は、犯人は幸せそうに見え、心配しなければならない点はどこにもなかった、と事件後メディアに語りました。
Statistaの統計によると、2018年の時点で米国の世帯の約43%が少なくとも1つの銃を所有しています。近年、アメリカ国内で驚くべき頻度で起きている未成年者による銃乱射事件では、親が所有する銃が使用されることも少なくありません。アメリカの世論では自身や家庭内に問題を抱えている子供や、対人能力が少ない子供が増えたことが大きな原因であると言われていますが、未成年が簡単に銃を手に入れることのできる環境こそが、数々の悲惨な事件の元凶のように私には思えてなりません。銃乱射事件の増加に伴い銃規制の強化は少しずつ前進してはいる一方で、火器の携行こそが犯罪の抑止に効果があるという真逆の声もあります(トランプ大統領は昨年米フロリダ州の高校で起きた乱射事件を受けて、教師や学校職員を銃器などで武装させる案を提示した)。
ギルロイの乱射事件の犯人は、逃げ惑う人が叫んだ「どうしてこんなことをするんだ」という問いに、「俺はすごく怒っているんだ」と答えたと言います。
本来ならば人生における宝物であるはずの青春の時。暴走の末たどり着いた救いようのない結末には、ただ言葉を失うばかりです。
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