プナのカフェで「新しいLava(溶岩)を見れる」と教えてもらい、町から車で5分ほどの距離にある住宅街に向かいました。
碁盤の目のように綺麗に区画整備されている街並み。通りには椰子の木がそよぎ、家々の庭はどこも皆美しく整備されています。映画に出てくるような、穏やかなハワイの普段の生活が偲ばれました。
ところが。
それから数十メートル先で突然道路が分断され、目の前に想像を絶するような光景が広がっていたのです。


まるで、道路のアスファルトを飲み込むかのように溶岩が覆いかぶさっていました。
そしてその先に広がる、真っ黒な世界。
溶岩はまだ温かく、あちこちから湯気が登っています。所々薄い岩の部分があって、うっかり踏み抜くと何メートルも落ちてしまうので、注意しながら進みました。
そこにあったはずの家々や、美しい庭や、椰子の木の街路樹はその面影さえも残っていません。
人間どころか生き物の気配が微塵もしない、真っ黒な世界。
火事や津波、そして戦争で草木一本すらなくなってしまった場所はいくつもあります。それでも、何もかもなくなっても、足下には土があったはず。けれどここには、ひとかけらの土塊さえありませんでした。
その光景は、生物の個体としての死とは比べ物にならないほど、大きな「死」を感じさせました。昔読んだ、ミヒャエル・エンデの「はてしない物語」に出てくる「虚無」はきっとこんな様子だろうと思いました。


2018年5月、キラウエア火山が噴火し、この地域の道路上に亀裂が入りました。やがてそこから溶岩が噴出し、吹き出す溶岩は最大で80メートルの高さにまでなったそうです。少なくとも51戸の住居が溶岩流に飲み込まれ、2000人以上の住民が避難を余儀なくされました。
ハワイ島にはLAVA HAZARD ZONE MAP(溶岩流危険地帯マップ)があり、火山活動に対する危険度が段階ごとに分けて公表されています。今回被害にあった住宅地は火山帯の上にあり、9つのレベルの中でも最も危険度が高いため、火災保険や住宅ローンの加入ができない土地でした。そのぶん地価が安く、メインランドやカナダからの移住者や、豊かな自然環境の中で自給自足生活を送るヒッピーが多く住んでいたそうです。
溶岩流に財産をつぎ込んだ豪邸を飲み込まれ、自分の不運をメディアの前で嘆き悲しむ人もいれば、いつかこうなることはわかっていたさ、Go with the flow(流れに任せよう)、とすんなり受け入れている人もいました。「自分たちは地球に対して良い行いをしているのだから、地球の怒りには触れないはず、溶岩は自分たちの家を避けていくはず」と考えていたヒッピーの女性は住処を失いましたが、「これはきっと前へ進めという地球からのメッセージに違いない」と気持ちを切り替えていました。
吹き上がる溶岩に恐怖を感じる人もいれば、なんて美しいのだろうと感激する人もいたように、同じ現実を共有しているのに、人によって捉え方や見え方がここまで違うのです。自分の見ている世界は自分の解釈で創られているといいますが、人間はその一生を、自分で作り出した世界の中で過ごし、泣いたり笑ったり、至福を得たり打ちのめされたりしているのです。そう思うと、自分を含めた人間というものが、少し滑稽で、そして愛おしくも感じられました。
私の足下に広がるこの溶岩台地は、40億年という人間の一生とは比較にならないほど悠久の時間の流れの中で、あたかも一個の生き物であるかのように生成変転してきた地球の「生」そのもの。その偉大さに、感動という言葉では言い表せないほど、心が震えました。

溶岩の割れ目に、小さな小さな緑を見つけました。今は真っ黒なこの場所も、何百年後…もしかしたらそれよりずっと早くに、命が溢れるあの美しいジャングルによみがえるのでしょう。
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